加納光於「充ちよ、地の髭 Ⅸ」
イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの代表作、『天国と地獄の結婚』から着想を得て描かれた作品。
加納光於は当店がある東京、神田の街に生まれた人である。古書店が林立するこの街で生まれ育った彼はフランス詩に傾倒する文学青年であったし、文学者との交流が多いことでも知られている。そのようなアカデミックな側面を鑑みた時に、加納光於という人は優れた評論家のような視点から作品作りをしていると感じることがある。優れた評論とは曖昧さを用いず徹底してある一つの視点から作品を論ずることをここでは指すが、彼はそれを絵画で表現する。
例えば彼の作品に≪羽音-J.M.W.ターナーの不穏に倣って≫というシリーズがある。(J.M.W.ターナーとは19世紀に活躍したイギリスの画家である。)この作品郡は一見、ターナーの作品を想起させるものではない。羽音から想起していたターナーの作品が持つ不穏な雰囲気、つまり構図や描かれた事物を引用するのではなく、ターナーの作品を分解、再構築することで、その作品が持つ不穏な雰囲気、作品の根幹を抽出して引用したものだろう。
引用にはいくつか種類があるが、引用元を知っている人だけは思わずニヤリとしてしまうような引用とは、この作り手は分かっていると鑑賞者に思わせ、信頼させる一つの手段であり、趣味性の高いものである。だが趣味性の高い引用は、一場面だけで見せなければいけない絵画にとって、鑑賞者に信頼を置かせるほどに作者の引用元への作品理解度を示すことは他の芸術ジャンル(映画、小説、詩、音楽など)に比べると難しい。
しかし加納光於は先に述べた評論的とも言える引用を用いることで、このような趣味性の高い引用を実現させている。今回紹介している作品もそのような作品の1つである。これほど透徹した優れた評論家の視点を持つ画家は、加納光於くらいなのではないだろうか。
※最終日7/24(土)のみ16時迄