鍵岡リグレ・アンヌ「Reflection v-13」
水面を描きながらも、彫刻的な造形を持つ「Reflection」シリーズの内の一作。
モチーフはクロード・モネの『睡蓮』シリーズを思わせ、光を瞬間的に捕えようとするような作風はまさに印象派のそれである。しかし、多くの印象派の絵画が一瞬の光の移ろいを捉えるために、抒情的で荒々しい筆致で素早く描かれるのに比べ、この作品では全く異なる制作方法が用いられている。本作は砂を混ぜた油絵具を異なる色彩で何層も重ねた後、削り出して下の色を出していくという手法で作られている。これほど手間のかかる手法でこれほど直感的な絵画を描いている事実に驚かされる。勿論印象派が隆盛を極めた時代に比べ今は写真があるため、エモーショナルな瞬間に対して時間をかけて描くのは難しいことではないのかもしれない。
しかしこのような手法を用いようとした背景には、作者本人の経歴も深く関係しているように私は思う。作者は東京藝術大学大学院にて壁画を研究し、その後はフランスに渡り、フレスコ・モザイクの技術を学んでいる。壁画などに用いられるフレスコ画は、まず壁に漆喰を塗り、その漆喰が生乾きの間に水または石灰水で溶いた顔料で描かれ、手間がかかりやり直しが効かず、高度な計画と技術力を必要とされる技法である。そのためこの手法で描かれた絵画は、人物や動物などの描く対象がはっきりとしているもので、構築的な構図を持つものが多く、本来は瞬間的な情景など印象派然とした作風には適していなかった。
完成に時間を要しながらも、光の移ろいを感じさせるこの作品は、写真を手軽に扱えるようになった現代だからこそ出来たものだろう。作者は過去の印象派の焼き直しには留まらず、水面の浮き沈みまでも再現させる新たな手法を提示しており、まさしく印象派が表現しようとしたものを次のステージに進める正当な後継者のように私には感じる。